「一汁一菜でよいという提案」 土井善晴著 グラフィック社

私は元気がない時は味噌汁を飲みます。特に根菜のは大好きです。今の季節は粕を溶かしていただけば身体がポカポカあったまります。
図書館で見つけたこの一冊に衝撃的な文章を発見しました。
それは下のようなものです。

<どうも脳というのは、身体と反対の方向を向いていることがあるように思います。この頃は「脳に騙されるな」、あまり脳を信じてはいけないと思っています。>

ご飯や味噌汁をおいしいと感じ、受け入れるのは「身体」。
脂ののった肉や鮪のトロは舌先と直結した「脳」が喜んでるだけ。

脳が喜ぶおいしさと、身体全体が喜ぶおいしさは別。

というのです。

なるほどと思いました。
毎朝の味噌汁には身体が安心する、ほっとする幸せな気持ちになるパワーがあるのだな、と思います。
食べ終わってからの心地よさや身体がきれいになったような感覚を、私達日本人は昔から感じ取っていたのかもしれません。ステーキやトロは一口食べるなり反射的においしい!!と感じますが、視覚的な要因も大だと思います。
メディアが騒いでいる薬物についてもこのことが言えるのかな、とふと思いました。止めたくても脳がすっかり覚えて記憶しているというのですから怖いと感じます。

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これから寒さ増す季節に、具だくさんの味噌汁にあつあつのご飯、好物の漬物。これがあればおかずは要らないです。
飽食のいま、シンプルな日本の食卓を再発見できる本に出会いました。
味噌汁の常識をくつがえすような面白いレシピもたくさん載っています。

2016.12.25 / Top↑
いまや時の人となった 又吉直樹氏の 芥川賞受賞作品 「火花」

ど~んなかな  全く予備知識なしではいっていきました 
又吉? ダレそれ? って感じで著者名のこと、自慢じゃないけど 知らなかった
たまのバラエティー番組でチラッと見かける 髪の毛やたら長く笑わない黒っぽいひと イメージはその程度

大阪生まれだから当然だろうが、花火の会話は全て大阪弁 
東北人の私にはすごくなじみがなく・・・
「・・・やん」「・・・あんねん」「・・・まうねん」  っていうのはなかなか慣れず、主人公二人の会話に関しては幾度も読み直す作業が必要だった

私が一番気に入ったのは、ワンセンテンスがやたら長いこと
全体のなかでそれほどでてはこないけれど、一つの文が250字前後の文字で成っている個所がある
これは読み応えがあってなかなかいいもんだ  東野とは正反対って感じた
さて中身だが、、、これから読む方のためにここに書くことは控えたいとおもう

個人的には面白かったです
又吉さんの真摯な筆致に拍手と感動を覚えました

他の作品も読んでみたくなりました

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2015.08.11 / Top↑
こんにちは、おこぜですー
久々のカテゴリ。
いま人気の作家「中山七里」氏の第8回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。

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頭が疲れているときはミステリー物がいいので、なんかない?とひらめに聞くと、
これよんだら、と持ってきてくれたのが「さよならドビュッシー」

wowowで前に「贖罪のソナタ」(三上博史主演)というドラマがあったんですが、あれが意外と面白くて、
原作はダレ?ということになって、、そしたら中山七里さんだったのです。

作品がソナタにしろドビュッシーにしろクラシック音楽が好きな作家なのかなと思う。

さてタイトルの「さよならドビュッシー」ですが、
作曲家ドビュッシーの「月の光」の美しい旋律が、少女の人生を突き動かす音楽ミステリーなわけだが、
最後の最後でのトリックにビックリ仰天!?唖然としましたね。これは必見いや必読ですゾ!
と同時に、彼の音楽を表現する「ことば」の豊富さに驚嘆しました。これでもかこれでもかというくらい、執拗に激しく語彙を重ね読み手を引き込んでしまう。すごい作品だと思います。

興味のあるかた、是非とも手に取って読んでみてください!
2015.06.14 / Top↑
あるところに一本の木がありました。
その木は一人の少年のことが大好きでした。
少年は毎日その木の下にやってきました。
そして はっぱを いっぱいあつめました。
はっぱでかんむりをつくり 森の王さまになりました。
木のぼりだってしました。
枝にぶらさがって遊びました。
そして りんごをたべました。
いっしょに かくれんぼをして遊びました。
くたびれると こかげで 少年は ねむりました。
少年は その木がだいすきでした・・・
だれよりも なによりも。
木はしあわせでした。
でも じかんがながれます。
少年はだんだんおおきくなっていきます。
木がひとりぽっちになることが多くなりました。

そしてある日、少年が木の下にやってきました。
木は言いました。
「いらっしゃい、ぼうや。わたしにお登りなさい。枝にぶらさがって、りんごをおたべなさい。わたしのこかげで遊んで、しあわせにおなりなさい」
「もう木のぼりをして遊ぶ歳じゃないよ」
と少年は言いました。
「物を買って楽しみたいんだ。お金がいるんだよ。お金がなくちゃ。ぼくにお金をちょうだい」
「ごめんなさい、お金はないの」
と木は言いました。
「わたしにあるのは、はっぱとりんごだけ。りんごを持っていきなさいぼうや。それを町でお売りなさい。そのお金でしあわせにおなりなさい」
言われたとおり 少年は木に登り、あるだけのりんごを集め、それを運んでいきました。
木はしあわせになりました。

でもそのあと長い間 少年はすがたを見せません・・。
木は悲しくなりました。
そんなある日、少年がまた木の下にやってきました。木は大喜びにからだをふるわせました。
「おいで、ぼうや。わたしにお登りなさい。そして枝にぶらさがって遊んでしあわせにおなりなさい」
「ぼくは忙しくて、木のぼりなんてしていられないよ」
と少年は言いました。
「ぼくには暖かく暮らせる家がいるんだ」
と少年は言いました。
「おくさんも欲しいし、こどもも欲しいし、それには家がいるんだ。ぼくに家をちょうだいよ」
「わたしは家をもっていないの」
と木は言いました。
「この森がわたしの家なのだから。でもわたしの枝を切って、それで家を作ればいいわ。そうしてしあわせにおなりなさい。」
少年は言われたとおり 木の枝を切り それを運んでいって家を作りました。
木はしあわせでした。

でもそのあと長い間 少年はすがたを見せませんでした。
少年がまたもどってきたとき、木はこころからしあわせでした。
それこそもう口がきけないくらい。
「いらっしゃい、ぼうや」と木はささやきかけました。
「楽しく遊びましょう」
「ぼくは遊ぶには年を取り過ぎているし、こころがかなしすぎる」
と少年は言いました。
「ぼくはふねがほしい。ここじゃない ずっと遠くに ぼくを運んでくれるふねが。ぼくにふねをおくれよ」
「わたしの幹を切って ふねを作りなさい」
と木は言いました。
「それに乗って遠くにいって・・・しあわせにおなりなさい」

言われたように少年は幹を切りたおしました。
それでふねを作り、遠くに旅立ちました。

それで木はしあわせに・・・
なんてなれませんよね。

ずいぶん長い時間が流れ、
少年はまた もどってきました。
「ごめんなさい、ぼうや」
と木は言いました。
「わたしにはもうなにもないの。あなたにあげられるものがー」
「りんごはもうひとつもないし」
「ぼくの歯は弱くてりんごなんてたべられないさ」
と少年は言いました。
「枝だってもうないし」
と木は言いました。「ぶらさがって遊ぶこともー」
「枝にぶらさがって遊ぶには、ぼくは年を取り過ぎている」
と少年は言いました。
「幹だってないわ」と木は言いました。「もうわたしに登ることもー」
「木のぼりするような元気は、もうぼくにはないよ」
と少年は言いました。
「かわいそうに」と言って木はためいきをつきました。
「あなたに何かをあげられるといいのだけれど・・・でもわたしにはもう何も残っていない。いまのわたしはただの古い切り株。わるいんだけれど・・・」
「ぼくはもう、とくに何も必要とはしない」
と少年は言いました。
「こしをおろして休める、静かな場所があれば それでいいんだ。ずいぶんつかれてしまった」
「それなら」と木は言いました。そして できるだけしゃんと、
まっすぐからだをのばしました。
「古い切り株なら、こしをおろして休むには ぴったりよ。いらっしゃい、ぼうや、わたしにおすわりなさい。すわって、ゆっくりおやすみなさい」

少年はそこにこしをおろしました。

それで木はしあわせでした。

おしまい


・・・・あなたはこの少年に似ているかもしれません。それともひょっとして両方に似ているかもしれません。あなたは木であり、少年であるかもしれません・中略・物語は人の心を映す自然鏡のようなものなのです・・・(あとがきより)

如何でしたか? 鏡の中に なにか映りましたか?

シェル・シルヴァスタイン作 村上春樹訳 「おおきな木」 全文です。

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孫の絵本棚に見つけた一冊、そう長くもなかったので 今回は全文を載せました。

読んでいただきありがとうございました。 おこぜ
2013.12.16 / Top↑
川上未映子 著 「乳と卵」

前に芥川賞を受賞した作品。

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ずっと気にはなっていた本で、ようやく読めた

幸福感いっぱい

文庫はかなり薄く、とっても軽いしで、 案外とサラッと入り込むことができたのは、嬉しい

とにかく、文に句読点がなく、ワンセンテンスがやたらと長くて、えっ、これって文体なってる、なってないよな、

読みにくいかなと初め思ったけれど、慣れてくると、なかなかいける

女性のからだのこと、「言の葉」という手段で、これでもかこれでもかと切ないほどにどこまでも書き連ねていくさま・・・

その「ことば」の交錯のなかに女のさがや母娘の愛ときずなと哀しさとを垣間見たと同時に、表現のおもしろさを痛烈にかんじた

大阪弁もなんやおもろいな~、ともかんじながら。
2013.10.22 / Top↑